福岡県の概要
福岡県は66市町村からなり、地理的・歴史的・経済的特性などから、「福岡」「筑後」「筑豊」「北九州」の4地域に分けられています。
豊かで美しい自然に恵まれ、長い歴史の中で優れた伝統と文化をはぐくんできた福岡県は、現在都市圏を中心に、九州の経済や行政の中枢機能の集積が進む中で、今後は、環黄海地域をはじめとしたアジア諸国・世界各地との地域間交流の拡大を図り、九州、西日本、アジアにおける交流拠点をめざし、一層の飛躍を図ろうとしています。
福岡県のあゆみ
福岡県は中国や朝鮮半島に近いという地理的条件の影響を受け、古代から多くの歴史に富んでいます。
弥生時代、稲作が日本で最初に伝来した地といわれています。「魏志倭人伝」によれば現在の福岡市西区・前原市・糸島郡のあたりに伊都国が存在し、現在の福岡市博多区のあたりに奴国が存在したと伝えられています。大宰府政庁や鴻臚館がおかれ、中国大陸や朝鮮半島との交流の窓口であり、中世に入っても、博多の港は、中国や朝鮮半島をはじめ、琉球や南海との貿易基地として栄えました。
江戸時代に入ると、木ろうなどの商品作物や博多織、久留米絣、小倉織あるいは石炭など商業的産物の生産が盛んになり、また、多くの街道や港、遠賀川、筑後川の水運の発達により、九州の交通の要衝を占めていました。
明治時代、筑豊や大牟田に石炭を産する福岡県では、北部に鉄鋼、機械、電気、化学、窯業などを軸に「北九州工業地帯」が、南部大牟田地区には重化学コンビナートが形成され、20世紀の日本の工業化の基礎を支えることになります。第2次世界大戦後、福岡県は石炭と鉄を中心に、国の傾斜生産政策と朝鮮戦争による特需景気などにより、いち早く荒廃から立ち直りました。
高度成長期になると、鉱工業生産も大きく伸びましたが、同時に進行したエネルギ一革命は、石炭産業を崩壊させ、筑豊地域は特に深刻な打撃を受けました。さらに、鉄鋼、化学業界の大型設備投資が太平洋べルト地帯に集中したことなどにより、福岡県の経済は徐々に沈滞していき、人口も昭和30年代中期以降4〜5年間は減少しました。しかし、40年代中期以降における工業の地方分散と第3次産業の成長は、福岡市を中心に行政機関、流通、情報機能の集中度が高い本県の経済に有利に作用し、人口も増勢に転じました。
その後、2度のオイルショック以後の低成長及び円高、産業構造転換の中で、素材型産業の比重の大きかった福岡県経済は厳しい状況になりましたが、今日では、自動車産業やソフトウェア産業などの企業立地の活性化や相次ぐ国際定期便の就航をはじめとする国際交流機能の充実など明るい話題が増えています。
福岡県の名前の由来
福岡の地名は、かつて筑前国域を治めていた黒田氏の発祥の地である「備前福岡」からきているといわれています。
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福岡市博物館 |
| 住所: |
〒814-0001
福岡県福岡市早良区百道浜3丁目1-1 [地図を見る] |
| 電話番号: |
092-845-5011 |
| 開館時間: |
9:30〜17:30(入館は午後5時) |
| 休館日: |
月曜(休日の場合は翌日) |
| 入館料: |
大人:200円(個人) 150円(団体)
高・大生:150円(個人)100円(団体)
小中学生は無料 |
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